文法を気にしない


 外国語を勉強する時、文法を気にするのは、日本の外国語教育の成果でもあると思いますが、これがなかなか難しいことです。不慣れな者は文法を気にするあまり、咄嗟に会話が出てこないという難点も考えられます。

 ところが、インドネシアの人から「文法を気にしないでよい」とお聞きしました。そうと知れば、過去の苦しみから脱却出来るかもしれません。まあ、ネネッ(おばあさん)としては、単語を覚えられそうもありませんが……。

更に、「インドネシア語の勉強は、新聞の見出しを見ることだ。単語が並べられている。それをローマ字読みにすればいい」と、力説されます。しかし、次の言葉も添えられたのは興味深く思われました。「新聞記者のこのような取りくみに対して、教育の現場の先生方は困惑している」

 ともかく、インドネシア語を勉強する者にとっては、新聞記者に感謝して、文法を気にせず、単語を覚えましょう。

 新聞の見出しは大きな文字で書かれています。例えば、

Saya Selalu Ingat Sama Bapak.

インドネシア語学習の初歩の初歩の初歩のネネッ(おばあさん)としては、単語の意味が分りません。そこで辞書を引いてみましょう。

saya (サヤ) ・・・・私

selalu (スラルー)  ・・・・いつも、常に

ingat (インガッ) ・・・・思い出す、覚えている、記憶する

sama (サマ) ・ ・・・ 1. 同じ
           2. dengan,pada,akan,oleh の代用として使う口語
           3. 一緒に
          bersama の略(口語)

bapak (バパッ) ・・・ 父、または男性に対する尊称


なるほど、単語を並べてゆけばいいといっても、こういう配置なのかと知ることができました。
意味は「私は何時も父のことを思いだす」ということになるのでしょうか?


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by jepunsari | 2013-08-06 09:41 | インドネシア語