バリ旅行に役立つインドネシア語学習。 80年代の懐かしいバリの思い出を綴ります。


by nenek yoshimi & jepunsari

カテゴリ:バリ昔話( 3 )

バリと言う名前

バリの名前の由来は、ルシ・マルカンディアというヒンドゥー僧の旅の道のりからきているのではないでしょうか?

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ルシ・マルカンディアはジャワ島のディエン高原にあるダマルン山で瞑想修行を続けていました。そしてダマルン山から東ジャワのラウン山に移動し、再び瞑想に入りました。ルシはこの地にしばらく滞在した後、ようやくバリに向けて出発したのです。瞑想中に得た神からの啓示に従い、バリに新しい開拓地を開こうと、約八百人の信徒を引き連れ最初の旅に出ました。


バリに到着し、開墾を始めたルシと信者たちは、深く険しい神聖な森やそこに住む獰猛な野生動物などの障害にぶつかりました。そして、信者の何人かは獣に襲われ、またマラリアにかかり相次いで死んでいきました。


失意に沈んだルシ・マルカンディアは、再びラウン山の修行場に戻り、神からの啓示を授かるために瞑想に入りました。このような障害にあわず無事に新しい開墾地を開くことに成功するように、神に祈ったのです。


第二回目の開墾の際に、ルシは約四百人の信徒をラウン山から連れてきました。従って東ジャワのラウン山の山地にあるアガ村から、バリにやって来た信徒は千二百人になったわけです。


第二回目の開墾の際、ルシ・マルカンディアはラウン山で得た神からの不思議な啓示に従って、二度と災難に見舞われないように、森を切り開く前に大地の女神プルティウィに対する儀礼、デワ・ヤドニャ(神に対する儀礼)、ブータ・ヤドニャ(精霊や下級霊に対する儀礼)を行いました。


この三つの儀礼を行ったのち、信徒たちは再び森を開墾することを許されたのです。そしてこれらの儀礼のお陰で、第一回目のような犠牲者を出さずに、無事に開墾をすすめることが出来ました。


このようなルシ・マルカンディアのバリを開拓しようという努力の過程から『バリ』と言う名前が生まれたのではないでしょうか? この歴史からみるとルシはバリとラウン山を往復した事になります。一回目の開墾の努力は失敗に終わり、再び東ジャワのラウン山に戻りましたが、瞑想修行から神の啓示を得て、あらゆる祭儀(ウパチャラ)を携えてバリに戻って来たのです。


このことから、バリとはkembali (戻る)が次第にバリとなったのではないでしょうか。また、この bali という言葉をバリ語で解釈すると mewali や wali(儀礼/供儀)になります。この言葉は、戻るという意味と儀礼という二つの意味を持っています。


歴史背景から考えても、バリとは儀礼とか儀礼を完了したという意味になり、ヒンドゥー教徒は現在に至るまでヤドニャ(神聖な犠牲を払った供犠)を常に行って暮らしているのです。


一例をあげると、バリでは建物を建てる場合、その家の土台を作る前に必ず nasaran という儀礼を行います。そして家が完成したならば ngulapanという儀礼を行い、その儀礼を行う以前は、その家で生活したり寝たりできないのです。



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バリは儀礼、供物という意味の島ですから、上記のように儀礼が終わるまではヒンドゥー教では完了したとは言えません。バリで暮らす上で、バリの歴史やバリを築いてきた祖先の功績を忘れる事は出来ないと思います。またバリの文化習慣、ヒンドゥーの教えを新しい世代に受け継いでいかなければならないのです。


バリとは儀礼と言う事であり、それが完了するという事でもあります。バリでの生き方はその習慣に従う事であり、それ以上でもそれ以下でもないのではないでしょうか。




これは、1997年発行のウブドKabar-kabaR 第一号に記載された話です。

内容は一部書き直してあります。



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by jepunsari | 2014-12-19 19:51 | バリ昔話

バリの思想では、この世界は大きな亀に乗っていると考えられています。

亀の名前はブダワン・ナラ。

ナラは火という意味で、火を噴くと言う亀です。(ガメラか‥)

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グヌン・ルバ寺院の大祭の時にあった飾り。真ん中の出っ歯が亀の頭で左右はナガの頭。


地球の構造からすれば、マグマという事になるのでしょう。
亀が火を噴けば火山が噴火する。


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ロータスカフェ横のステージを背負ってしまった亀、苦悩の表情が現れている、、ような気がする。


亀が動くと地面が揺れて地震が起きる。

なので、二匹のナガ(ドラゴン)ナガ・アナンタボガとナガ・バスキが、

亀が動かないように絡まり押さえています。



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亀とナガはパドマサナという祭壇の土台にもになっています。



もう一つ、葬儀の時に使われるバデ(火葬塔)の土台もこの亀です。

亀の上に山(世界)が乗っているのです。


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プリ・カレランの葬儀の時の場バデ

気になる亀のしっぽ。友達がしっぽのところでポーズとってくれました〜


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by jepunsari | 2014-12-15 12:12 | バリ昔話

マヤダナワの物語


ガルンガンとは戦いという意味だそうです。

ガルンガンの起源は、マヤダナワとインドラ神の戦いだといわれています。

善(ダルマ)の象徴インドラ神が、悪(アダルマ)の象徴であるマヤダナワに勝利したことを記念しています。


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昔々、バリの中央部にあったと言われる王国に、マヤダナワという怪物の王がいました。マヤダナワは厳しい修行をつんだ末、その成果として様々な物に変化できる魔力を授かりました。


自分の魔力を過信したマヤダナワは、自分が神であると信じ始めました。マヤダナワは神に祈り供物を捧げて祭礼を行う事を国民に禁じ、自分を神として崇めるように命じました。神への祭礼が行えなくなった国民は、次第に不安に陥り作物も不作が続くようになりました。そして、疫病が広まるとたくさんの人々が死んでいきました。



ブサキ寺院の寺守であったサン・クルプティは国民の困窮をみかね、国民を助けようと神に祈りました。サン・クルプティの祈りはバタラグルのもとに届き、マヤダナワを成敗すべく戦いの神インドラが使者として地上に遣わされたのです。


多数の兵を従えたインドラ神の神軍は、神をも畏れぬマヤダナワを倒すために地上に降り立ちました。インドラの兵とマヤダナワの兵は激しい戦いを始めます。さすがのマヤダナワもインドラの軍に敵うはずもなく、マヤダナワは家臣のカラウォンと共に王宮から逃げ出しました。


インドラの兵に見つからないよう、マヤダナワは次々と姿を変えながら北へ逃走します。ある時は大きな鳥に姿を変え、その場所は現在マヌカヤ(Manuk Raya=大きな鳥)と呼ばれます。ヤシの若葉ブスンに変身した場所は、現在はブルスン村です。


窮地に至ったマヤダナワはカラウォンと策略を練りました。その晩インドラの兵が寝ている隙に、マヤダナワは毒の泉を作りました。兵を起こさないように足の裏をつけず、抜き足差し足。タンパックはテラパック(足の裏)、シリンはミリン(傾く)という意味です。その場所が現在のタンパクシリンになっています。


翌朝、目を覚ましたインドラの兵はのどの渇きをいやすため、毒の泉の水を飲みました。兵は次々と倒れてしまいます。それを見たインドラは、兵を助ける為に地面にヤリを突き刺し新しい泉を作りました。新しい泉からは不老不死の水アムルタが湧き出し、聖なる水を飲んだ兵は生き返ったのです。インドラ神によって作られたこの泉がタンパクシリン村にあるティルタ・ウンプル寺院の泉です。


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ティルタ・ウンプル寺院の奥にある泉。ティルタは聖水ウンプルとは湧き出ると言う意味です。

今でも泉から清らかな水がこんこんと湧き出ているのを見る事が出来ます。

以前は泉の主である大きなウナギがいたのですが、今も生きているのでしょうか?



インドラ神はマヤナダワを追いつめました。マヤダナワは最後の力で大きな岩に化けました。しかしインドラ神の目をごまかす事はできず、インドラ神は岩に向けて矢を放ちました。矢は岩を突き刺し、岩から血が流れました。ついにマヤダナワも最後を迎えたのです。


岩から流れた血はプタヌ川となり、インドラ神はこの川に呪いをかけました。この川の水を農耕作にに使えば、稲を刈り取るとき血が流れるという呪いです。この呪いは千年続くと言われています。

また聖なる泉から流れた水はパクリサン川となりました。現在世界遺産になっている美しい川です。


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               タンパクシリン近くのグヌンカウィ遺跡を流れる川。



マヤダナワの死後、国民は再び神に祈り供物を捧げ、国は繁栄を取り戻しました。

神に背いたマヤダナワの死は神々の勝利で幕を閉じ、善(ダルマ)の勝利を記念して210日に1度ガルンガンの祭礼を祝うようになったとの事です。



マヤダナワの神話には色々なヴァージョンがありますが、大筋はこんなところです。

神話とはいえ、実際にティルタ・ウンプルが存在する事から、

このような出来事があったのではないかと思います。

マヤダナワは誰であったか、どこに王宮があったか想像してみるもの面白いです。


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by jepunsari | 2014-05-18 20:56 | バリ昔話