バリ旅行に役立つインドネシア語学習。 80年代の懐かしいバリの思い出を綴ります。


by nenek yoshimi & jepunsari

カテゴリ:バリ 今と昔( 9 )

初めてのバリダンス

インドネシア語ノートが終わって、次の話に行く前に
ちょっと一息、懐古趣味なお話をいくつか‥‥

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86年、ティルタ・サリの看板だったCok Ratih と Gung Sri のレゴン。


私が初めてバリダンスを観たのは、プリアタン村のティルタ・サリ歌舞団。
現在のようにバンジャールなどの集会所で公演があったわけではなく、
マンダラ家の前庭にある門とその前の空間が舞台。
観客は20ほど用意された指定のイスに座って観るシステムだった。
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83年、マンダラ邸(プリ・カレラン)の表門コリアグンの前で踊るチョンドン。


生まれて初めて、何の知識もなく、唐突に観たバリダンス。
鳥肌が立つほどの凄まじさ。
ぜんまい仕掛けのように踊るレゴン、子供が踊っているとは思えなかった。
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86年、ティルタ・サリのレゴン・ラッサム。


85年、ティルタ・サリは初の日本公演を行っている。
場所は国立劇場、ダンサーもいいメンバーが揃っていた。
手元にパンフレットがないので、こちらは朝日グラフ(だと思う)の切り抜き。
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あれから30年、花形だったダンサーも引退してしまったり、
子供のレゴンだった子は頭が変になってしまうし、
月日の流れを感じます。。

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多分、もうバリダンスの公演を観る事はないでしょう。



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by jepunsari | 2015-08-22 16:21 | バリ 今と昔

バリ人の名前 その2

バリにはインドと同じようにカースト制度があります。
バリのカーストは職業などには殆ど関係しません。
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四つのカーストは以下の通り
1 ブラフマナ階級(僧侶)
2 クシャトリア階級(王族、貴族)
3 ウェイシャ階級(軍人、商人)
4 スードラ階級(一般)

上の三つのカーストの事をトリ・ワンサと呼び、名前にそれを示す敬称がつきます。
スードラ階級には敬称はなく、ジャボォ(外の)と呼ばれます。

トリ・ワンサの敬称は
ブラフマナ階級 
IDA BAGUS 男(グス、ダグスと呼ばれる)
IDA AYU 女(ダユと呼ばれる)

クシャトリア階級
COKORDA 男女同じ
ANAK AGUNG 男女同じ
DEWA 男
DEWA AYU 女(父親がデワ、母親がデワ・アユである)
DESAK 女(父親がデワ、母親がデワ アユではない)
NGAKAN  男(デワの下の位、デワ・ガカンともいう)
DESAK 女(父親がガカンの女性)

ウェイシャ階級
GUSTI 男女とも(男なら Ngurah や Lanang、女なら Ayu と続く事が多い)


子供は自動的に父親のカーストとなり、その家系の称号を継ぎます。
トリワンサの男性と結婚した女性(外国人も含む)は、JEROと呼ばれます。

以前は最高司祭であるプダンダにはブラフマナ階級しかなれなかったのですが
今はプトゥ・スティアのようにスードラでも司祭になっている人もいます。

カースト制度は差別、過去の因習であるという人もいます。
歴史的にみても、バリのカースト制は比較的新しい制度のようです。

これからのバリのカースト制も変わるのだろうと思います。

カースト名の由来にはそれぞれ歴史的背景があり
地方によっても違いががあると思うので、これはウブド近辺の一例として読んで下さい。

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by jepunsari | 2015-05-26 13:35 | バリ 今と昔

バリ人の名前 その1

ワヤン、という名前をきけば、バリ人だというのがわかります。
バリ人の名前の付け方は、バリ人のアイデンティティでもあるのです。
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バリ人記念撮影、コミン、マデ、ニョマン、グデ、プトゥがおります。

第一子はワヤン、第二子はマデ、第三子はニョマン、
第四子はクトゥットと繰り返すのは、
普通は四つあるカーストの一番下のスードラ階級です。

男女とも同じ名前で、男なら "I" 女なら"NI"を前につけます。
その後に個人名が続きます。苗字に当たるものはありません。

そして五番目はワヤン、六番目はマデに戻ります。
五番目の人はWayan Balik(戻る)という名前で呼ばれている人もいます。

例えば、Ni Wayan Wati ならば、
ワヤンが生まれた順番(一番目か五番目)で、
名前はワティという女性というのが名前でわかります。

高いカーストでもブラフマナ階級、クシャトリア階級のデワ、
ウェイシャ階級グスティ等でもこの名前を使います。
例えば、Ida Bagus Made Poleng ならば、
ブラフマナ階級の二番目、ポレンという名前の男性になります。

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名前には幾つか他のバリエーションもあります。
第一子
Wayan / Putu / I Luh(女)Gede(男、順番に関係なくつけます)

第二子
Made / Kadek / Nengah(カランガセム地方?)

第三子
Nyoman / Komang / Koming

第四子
Ketut


しかし、こういった名前を付ける習慣もだんだん薄れて来たようで、
ワヤンが減り、かわりにプトゥ、エカ、グデという名前の子が増えています。
本来プトゥは、カーストが高い人がワヤンを使わずプトゥを使うのですが、
そんな習慣はもうお構いなしのようです。

最近では、このワヤン、マデ〜を全く使わない親もいるようです。
ちなみに息子のクラスのワヤンはたった一人。
ワヤンという名前は貴重な存在になりつつあります。

名前をきいただけではバリ人かどうか分からなくなる日も近いのでしょうね‥

バリ人の名前については、地方によって独特の名前があるかもしれません。
これは、あくまでウブド近辺のお話です。

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by jepunsari | 2015-05-15 14:57 | バリ 今と昔

デンパサールの思い出

考えてみると昔ながらの東南アジアの雰囲気を残しているのは、
デンパサールの町並みではないかと思う。

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85年のパサールクンバサリ。お土産物やの集合体で上に映画館がありました。


確かに賑やかだったガジャマダ通りは寂れて
クンバサリで買い物をする観光客も殆どいない現状。
でもあの独特の匂いのようなものはまだ残っている気がします。
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パサールバドゥンの外ではパイナップルをカットしていた‥今ではないサービス。


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パサールバドゥンの前にある寺院。今でもあるのでしょうか?


市場を東に少し行ったスラウェシ通りは、いまだに布を売る店が並んでいるし、
ガジャマダ通りの電気屋さんも健在。ミシンを買うならやっぱりガジャマダである。
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ガジャマダ通りにあった中華料理のホンコンレストラン。どのガイドブックにも載っていました。


今ではせいぜい大型デパートで買い物するだけで
デンパサールの町をぶらぶらする人も少ないのでしょうね。
(確かにめちゃ暑いし、そぞろ歩きには向きません‥でも私はあの雰囲気好きです)


今度機会があれば、ガジャマダ、スラウェシ通りを歩いてみたいと思います。

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by jepunsari | 2014-11-04 09:23 | バリ 今と昔
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プリルキサン美術館に行ったのは、20年ぶりくらいかと思います。。
入口を入ってすぐにあった谷を埋め立てて駐車場にして、すっかり変わっていました。
中の建物も奇麗になっていたけど、なんとなく情緒がなくなりました。
あの古めかしい雰囲気が良かったのに‥

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チケットにはお茶付き、食事付きなどありました。
普通のチケットにはミネラルウォーターがついています。
ワークショップもあり盛り沢山です。

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懐かしいこの橋はまだありました。棚のベンガルヤハズカズラの手入れをして欲しいです。


コレクションが以前より増えていたのは良かったです。
ただお客さんが多いとゆっくり自分のペースで見られません。

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現在の蓮池はこんな感じ‥

芸術品を鑑賞する場合、ゆったりと落ち着いているのが理想的。
お客さんが少ない方がいいんですけどね‥

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85年、庭園にあった蓮池は現在の池より小さかった気がします。





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by jepunsari | 2014-08-18 13:27 | バリ 今と昔


クタやヌサドゥアなどに宿泊するパッケージツアーでは、

半日観光というのがセットになっている事があります。

バリの伝統工芸の村を訪れるという観光です。


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バトゥブランのバロンダンス

チュルクの銀細工

マスの木彫り

ウブドの絵画


お決まりのコース。

難しい説明はいらないし、バックマージンが入ってくる

ガイドが楽してお小遣いが稼げるコースです。


チュルクの銀屋さんも店じまいしている店がちらほらあります。

昔のように観光バスで観光客が押し寄せる事も少なくなったのでしょう。


マスで伝統的な木彫りを続けている店も減っているようです。

代わりに家具屋やインテリアの店が目立つようになりました。


ウブドの大型ギャラリーは続いていますが、街中のギャラリーは減りました。

私もハノマン通りで小さなギャラリーをやっていますが、

儲かりません(泣)貸した方が儲かるでしょう。



バリ好きの私の友人は買い物ツアーが付いていても参加しません。

高い買い物させられるよりビールでも飲んでいた方がいいと、

ガイドにチップを渡し「俺は行かないよ」と笑っていました。


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by jepunsari | 2014-07-22 08:45 | バリ 今と昔

ニュピの夜


昨日は静寂の日と呼ばれるバリのサカ暦の新年 ”ニュピ”

火を使う、外出する、仕事する、楽しむ事を1日禁じられます。


Catur Brata Penyepian  ニュピの4つの禁

 Amari Geni   火を使わない

   Amati Karya 働かない

   Amati Lelungan 外出しない

   Amati Lelanguan  楽しまない


夜、ご飯を食べるときだけは灯りをともしてもいいのですが、

その後はすべての灯りを消します。

島中が真っ暗なので星がよく見えました。

いつもは見えない天の川も見えていました。



初めてバリに来た83年の夏、みんなでよく夜の海岸に行きました。

海岸は真っ暗で、満天の星、絵に描いたような天の川を見る事ができたのです。

海岸にたどり着くまでの道にも灯りがなく、懐中電灯は必需品。

大きな懐中電灯を照らせばスターウォーズのライトセイバーのように

すーっと光が一本にのびてみえて、みなでスターウォーズごっこをしたものです。

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誰もいない海〜 85年のクタビーチ



今ではこのウブドでも天の川は見えません。

島中の灯りが消えれば、うっすらと見える程度です。



ニュピの夜

1年に1度自分を振り返りリセットする日でありました。



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by jepunsari | 2014-04-01 14:27 | バリ 今と昔
プリ・ルキサン美術館の手前に大きな菩提樹の木がありました。
85年当時、その大きな木には朝顔のような花がからまり、
前にはお供えを置く祭壇がありました。
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1985年、大きな菩提樹の前を頭に荷物をのせて歩くバリの女性。



何年か後にウブドを訪れた時には、その木はありませんでした。
大雨の時、土砂崩れで倒れてしまったときいています。
木はなくなり、お供えを置く祭壇だけがひっそりと残っていました。
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2014年、通りには土産物屋が並び、谷にはレストランができています。



2005年、のどかな美術館の入り口。暇そうなおにいさんが二人。
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2014年現在、立派な入り口に陣取って客引きをするおじさん。
谷は埋め立てられて駐車場になっています。
割れ門を入ると警備員のおじさんに止められ、中には入れませんでした。
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       むやみに立派なだけで風情のない入り口。金をかければいいってもんじゃない。


入り口から階段を降りると谷に石の橋がかかっていて、
橋の上にはベンガルヤハズカズラが咲き乱れる棚がありました。
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1985年、橋の上でポーズをとる母



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by jepunsari | 2014-03-04 10:13 | バリ 今と昔
ウブド中心の交差点からラヤウブド通りを西に少し行ったところに、
美しい蓮池のある王宮があります。
ウブド王家の王宮のサラスワティです。
蓮池の奥にはウブド王家の寺院であるプラ・サラスワティがあります。

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現在この蓮池の西側には老舗のカフェロータス、東側にはスタバがあるので、
道路からは蓮池は見えません。是非中に入ってみましょう。

蓮池の真ん中に道を作り、ステージを作ったために、
すっかり昔の雰囲気がなくなってしまいました。


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これが1985年当時の写真。写真を写真に撮っているのでいまいちですが、
雰囲気はわかっていただけると思います。


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こちらは絵はがきで、道が作られる前の写真。蓮がない時期もあったのですね。



80年代後半、よくここの東屋でぼーっと蓮を眺めていたものです。
今はその東屋もレストランの一部になり、座る事はできません。
今は行き交う観光客にうんざりするだけ。。

昔みたいに釣りをする子供たちもいないようです。
(追い出されちゃうかな?)
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by jepunsari | 2014-02-18 15:55 | バリ 今と昔